食道がん(第1回)
食道がん(第1回)
「がんの統計21」によると、 2017年に食道がんになった人(罹患数)は、男性21,145人、女性4,338人の計25,483人でした(図1)。
また、食道がんで亡くなった人は、男性9,571人、女性2,048人で計11,619人でした(図2)。
食道がんの年齢階級別罹患率では, 60代~70代がピークで、男性に多いという結果でした(図3)。
食道がんの組織型をみると、わが国では「食道扁平上皮がん」が約90%、次いで「食道腺がん(バレット食道腺がん)」が約4%です。米国では1990年後半に食道腺がんが食道扁平上皮がんを抜いて最も多くなっています。「喫煙」はどちらのがんでも危険因子となりますが、食道扁平上皮がんでは「飲酒(特にアセトアルデヒドへの暴露)」が、腺がんでは「Barrett(バレット)食道」が危険因子として特に重要です(図4)。
食道扁平上皮がんの危険因子
–飲酒とアセトアルデヒドへの暴露–
アルコールは主に「アルコール脱水素酵素(ADHB1)」によってまず「アセトアルデヒド」という物質に分解されます(ほかにも「ミクロソーム・エタノール酸化系(MEOS)や「カタラーゼ酸化酵素系」なども分解しますがメインはアルコール脱水素酵素です)。
アセトアルデヒドは主に「2型アルデヒド脱水素酵素(ALHD2)」によって酢酸へ分解され、最終的に炭酸ガスと水になります(こちらもほかに「1型アルデヒド脱水素酵素(ALDH
1)」も分解しますがメインは2型アルデヒド脱水素酵素です)(図5)。
アセトアルデヒドには強い毒性があり、二日酔いの原因物質で、動物実験では発がん性が証明されています。アセトアルデヒドによって「顔が赤くなる」、「吐き気がする」、「動悸がする」、「眠くなる」などの症状(「フラッシング反応」といいます)が出現します。また、口腔内や消化管内は、常在細菌によりエタノール(アルコール)から高濃度のアセトアルデヒドが作られるため、特に高濃度のアセトアルデヒドに暴露されます。お酒を飲むと顔が赤くなる人は「フラッシャー」といい食道扁平上皮がんのハイリスクです(図6)。
お酒に強いか弱いかは2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)が活性型か否かで決まります。ヒトのALDH2は517個のアミノ酸が連なったタンパク質で、このうち487番目のアミノ酸がグルタミン酸であるものは「N型」といいアセトアルデヒドを分解できますが、リシンであるものは「D型」といいアセトアルデヒドを分解できません。どちらの酵素を生成するかは遺伝によって決まっています。遺伝子は両親から1つづつ受け継ぎますので両親の持っている遺伝子型によって「NN型」「ND型」「DD型」が存在することになります。「NN型」は「活性型」でお酒に強いタイプ、「ND型」は「ヘテロ欠損型」といい「低活性型」でお酒に弱いタイプ、「DD型」は「非活性型」で全くお酒が飲めないタイプ(いわゆる下戸)です。理論上ND型の活性はNN型の1/16(約6%)と言われています(図7)。
フラッシャーかどうかは遺伝子を調べなくても、図8に示した質問紙法である程度わかります。当センターの内視鏡問診票には喫煙や飲酒についての項目があります。食道がんのリスクを把握するためですのでなるべく正確にお答えください。
ただし、アルコール脱水素酵素(ADH1)が低活性の場合はアルコールの分解が遅れるため、アルデヒド脱水素酵素ALDH2ヘテロ欠損の人でも顔が赤くならない場合があり注意が必要です(図9)。
ND型の人でもお酒を飲み続けるとだんだん強くなります(アルコール耐性)が何故でしょう?これには図5で示した「ミクロソーム・エタノール酵素系(MEOS)」が関与しています。MEOSはシトクロムP450というミクロソーム系酵素と言われ、通常睡眠剤や精神安定剤などの薬物代謝を行っていますが、大量飲酒によってアルコールの血中濃度が高くなると、アルコール脱水素酵素(ADHB1)に加勢するような形でアルコール代謝をするようになります。ADHB1は慢性飲酒によって増えることはありませんが、MEOSは長期の大量飲酒によって増えるため、アルコールの耐性が高まるのです。ALDH2ヘテロ欠損の人は、アルコール摂取量が増えるとこのアルコール耐性によってアルコールの分解は進みますが、アセトアルデヒドの分解は変わらないため、よりアセトアルデヒドに暴露されることになり、食道扁平上皮がんのリスクが上昇します(図10・11)。また、DD型の人はお酒を飲んでも強くなることはありません。DD型の人にお酒を強要するのはやめましょう。
血液検査の血算(白血球数・赤血球数・血小板数など)に「MCV」という項目が入っている場合があります。MCVとは簡単にいうと「赤血球の大きさ」を示しており、MCVが高い場合赤血球の大きさが大きく「大赤血球症」といいます。大赤血球症では、通常ビタミンB12や葉酸の欠乏時に骨髄機能の低下によりMCVが高くなり貧血となる場合がありますが、アルコールの常習によっても高くなることがありその多くは貧血には至りません(アルコールを飲まない場合は関係ありません!)。アルコールはエタノールという物質で分子量は46で二酸化炭素(分子量は44)とほぼ同じであり、容易に赤血球膜を通過し、赤血球の膜コレステロール含量を増やしたり、細胞の膜構造や代謝活性に影響を与えることでその安定性を障害するため赤血球が大きくなります。エタノールの代謝産物であるアセトアルデヒドが大酒家の赤血球内部に高濃度で存在することが知られており、常習飲酒者のMCV増大は食道扁平上皮がんの危険因子となります(図12)。
上部消化管内視鏡検査で食道粘膜に褐色調のメラニン色素が沈着している場合があります。これは「食道メラノーシス」といい、高飲酒歴とくにアルデヒド脱水素酵素2のヘテロ欠損者に多くみられ、食道メラノーシスを有する方は食道扁平上皮がんの発生に注意が必要で、飲酒を控えることが望ましいです(図13)。
厚生労働省「健康日本21」では「節度ある適度な飲酒量」として「通常のアルコール代謝機能を有する日本人においては、節度ある適度な飲酒として、1日平均純アルコールで20g程度である」としています。純アルコール量の計算式は
純アルコール量(g) = お酒の量(ml)×アルコール度数/100×0.8(アルコール比重)
で求まります。例えば5%のビールであれば500mlで20gとなります(図14)。
焼酎やウイスキーやブランデーなどは度数が高いため、目分量で飲むと飲みすぎになる可能性が高くなります。その目安として、40度のお酒なら原液量してヤクルト(65ml)1本分、25度なら原液量としてヤクルト(100ml)またはリポビタンD(100ml)1本分、20度ら原液量としてオロナミンC(120ml)1本分が純アルコール20gに相当します。一度飲んでいる量を確認しましょう(図15)。
食道がんは進行すると非常に大きな手術が必要になります。内視鏡的に治療可能な早期食道がんはバリウム胃透視検査では発見が困難です。食道扁平上皮がんのハイリスクの方は内視鏡検診を受けましょう。